釧路・根室地域は、豊かな自然資源を生かして、酪農(乳牛)生産及び、漁業生産などが挙げられます。
漁業においては、高田屋嘉兵衛が千島交易ルートを開いた1799年前後からおこなわれており明治時代には日露戦争の好機により、鮭や蟹などの缶詰は繊維製品と並んで外貨獲得産業へと発展し、缶詰や塩蔵技術も向上しました。
しかし、先の太平洋戦争により北方領土を失うことになり、さらにマッカーサーラインにより12海里内での操業に限られるなど数々の制約が重なり、事実上外海から締めだされてしまいます。
こうした根室における国内情勢が厳しくなっていくなか、1994年ソビエト連邦が崩壊などを継起に、ビザ無し交流などをきっかけに、ロシア貨物船が水産物を陸揚げされるようになりました。

北方四島の返還の象徴、四島の架け橋

昭和6年リンドバーク太平洋横断時根室着陸、当時の写真
このような経緯のように地場産業としての機能と役割を高めていくためにも、北方領土問題や200海里問題などの沖取り禁止などによる漁業規制などの問題が、今なお障壁となって立ちはだかっています。
その為、水産業をとりまく国際環境の変化への対応として、水産資源の疲弊による漁獲量の減少、輸入水産物との競合への対応など、原魚の安定供給が必要となってきました。
これからは、根室地域ブランドの構築の一環として、一次産業品や加工を中心とする食料品製造業の「食の文化」の情報を常に発信する対応を迫られてきたのかもしれません。